校長の推薦なしで受けられる高校入試。自己推薦は何が変わる?

「自分で推薦する」と聞くと、自己PRだけで選ばれるようにも感じます。実際の仕組みを確認すると、考えるべき課題がはっきりしてきます。

「推薦するのは自分です」を、順に説明すると

推薦入試と聞けば、先生や校長が「この生徒を推薦します」と伝える制度を思い浮かべる人が多いでしょう。では、校長の推薦が不要になると、何が変わるのでしょうか。

大分県の2027年度高校入試では、従来の学校推薦型に加え、自己推薦型が導入されます。中学校長の推薦を受けなくても、本人が志望を示して出願できる仕組みです。制度変更は2026年5月に案内され、10月2日に実施要項が公表されました。両方の型への併願はできず、自己推薦型の出願は1校・1学科です。[1][2][3]

ここで大切なのは、「先生の情報を使わなくなる」という意味ではないことです。自己推薦型も調査書を使います。校長の推薦書の代わりに、本人の志願理由書を使うという違いがあります。[3]

さらに、学校・学科などに応じ、小論文、学力検査、適性検査などと、面接・集団討論などを組み合わせます。自分を売り込む文章だけで合否が決まる制度ではありません。[3]

先生に推薦されなくても、挑戦できる

学校での評価は、長く生徒を見てきた情報として価値があります。一回の試験では見えない努力や役割を知っている先生もいるでしょう。

それでも、学校での評価が、その子の可能性をすべて表しているとは限りません。ある分野に強い関心がある子や、進路を考える中で学ぶ意欲が育ってきた子が、自分から志望を伝える機会には意味があります。

校長に推薦してもらうことと、高校がその子の能力や適性を評価することは、別の段階です。自己推薦型は、最初の段階で必要だった推薦を外し、その後の選抜を受けられるようにする仕組みと理解できます。

準備を手伝ってもらえる差は、どう扱うか

一方、本人が文章で志望を伝えるなら、準備を助けてもらえる環境の差も気になります。家族や指導者と相談できる子と、ほぼ一人で書く子では、同じ関心があっても、伝わり方が違うかもしれません。

たとえば、ある学科への興味が強くても、「どこに興味があり、何を学びたいか」を、まだうまく言葉にできない子がいるでしょう。文章が整っていないことと、学ぶ意欲が弱いことを、同じに扱わない工夫が必要です。

これは、大分県の制度で不公平が起きたという指摘ではありません。自己推薦の機会を広げる際に、確認しておきたい課題です。

評価では、成果の見栄えだけでなく、本人が何を考え、どう取り組んだかも見たいところです。大きな受賞歴がなくても、学ぶ姿勢が伝わることはあります。学校が何を重視するのかを、受験生が理解できる言葉で示すことも必要でしょう。

入試が終わった後にも、確かめたいことがある

制度の効果は、志願者が増えたかだけでは測れません。これまで出願しにくかった生徒が挑戦できたか、準備の負担が大きすぎなかったか、合格した生徒が入学後に学びを深められたか。こうした点を確かめたいと思います。

高校は、応募の時点で完成された生徒だけを求めているわけではないはずです。その学校で学ぶことで伸びる生徒を、どう見つけるかが重要です。

自己推薦という名前だけで、よい制度とも困った制度とも決められません。本人が挑戦できる機会を増やしたうえで、その子の学ぶ力をどう見つけるのか。入口の変更と選び方の工夫を、一緒に考えていく必要があります。

資料確認日:2026年10月7日|はまなす行政書士事務所 行政書士 角屋敦士

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