遺言・相続の実務ガイド / 内容確認:2026年10月4日

「この子が安心して暮らせるよう、財産を多く残したい」。親として自然な願いです。ただ、まとまった財産が残ることと、毎月の支払いが滞らず、本人の望む生活が続くことは、同じではありません。遺言は、暮らしの支援と組み合わせて考える必要があります。
「親亡き後」の準備は、財産を誰に残すか、誰がどう管理するか、本人の暮らしを誰が支えるかの三つをつなげることが中心です。本人の希望を確認し、家族一人に役割を集中させず、遺言と福祉・法律の支援を組み合わせます。
最初に考えるのは、財産額より本人の一日
例えば、母と暮らす成人の子が、日中は福祉サービスを利用し、通院と金銭管理に支援を受けている場面を考えます。母が自宅と預金をすべてその子へ残す遺言を作ったとしても、家賃や光熱費の支払い、通院の付き添い、サービスの変更が自動的に続くわけではありません。
まず本人が、どこで、誰と、どのように暮らしたいかを確かめます。言葉だけで確認しにくい場合も、普段の選好や、理解しやすい説明、慣れた支援者との関わりを通じて、意思を丁寧に汲み取ることが大切です。
親の安心のために住まいやサービスを決めるだけでなく、本人の生活の連続性を見ます。好きな活動、苦手な環境、落ち着ける人や場所も、将来の支援に必要な情報です。
「残す」「管理する」「暮らしを支える」を分けて書く
| 役割 | 具体的な問い | 準備すること |
|---|---|---|
| 財産を残す | 誰が何を取得するか | 遺言、保険、不動産や預金の配分 |
| 財産を管理・使用する | 誰がどの権限で支払い等を行うか | 本人の力に応じた支援・法的権限・管理方法 |
| 暮らしを支える | 誰が住まい・通院・サービスを支えるか | 相談支援、福祉サービス、家族等の役割と連絡先 |
同じ人が複数の役割を担う場合もありますが、当然に全部を引き受けるわけではありません。兄に遺言執行者を頼んだから、兄が一生、本人のお金も生活も管理する義務を負う、とは限りません。
遺言執行者は、遺言の内容を実現するための役割です。その後の長期的な金銭管理や生活支援は、別に体制を考えます。役割の名前だけで安心せず、何を、いつまで、どの権限で行うかを確認してください。
生活費は、毎月の不足と臨時の費用を分けて見積もる
本人の収入や年金等と、住居費・食費・光熱費・サービスの自己負担・医療費等を並べます。母がまとめて払っているものも、本人の暮らしに必要な費用として書き出します。
仮に、毎月の支出が収入を3万円上回るなら、年間の不足は36万円です。単純に20年分なら720万円になります。ただし、これは目安の計算にすぎず、物価、住まいの変更、医療、修繕等を織り込んだ十分な必要額ではありません。
毎月の不足と別に、引越し、家電の買替え、入院、住居の修繕などの臨時費用を考えます。預金の額だけでなく、すぐに支払いに使える資金をどこに確保するかが重要です。
自宅を残す場合は、住み続けられる見込み、固定資産税や管理費、修繕、将来の売却や住み替えも確認します。不動産を多く残すことが、本人の利用しやすい生活資金を多く残すことと同じとは限りません。
障害があることだけで、後見が必要とは決めない
財産を取得することと、本人が契約や支払いを行うことは別です。本人がどの判断や手続を行えるか、どの場面に支援が必要かを具体的に確認します。
成年後見・保佐・補助は、判断能力の程度等に応じた法律上の支援です。障害の診断名だけで自動的に利用が決まるものではありません。家族が希望した人が必ず選ばれるわけでもなく、権限、費用、継続的な事務負担等を確認する必要があります。
成年後見人等は、財産管理や生活・医療・福祉の契約等を通じて本人を支えますが、日々の介護や通院の付き添いをすべて自ら提供する役割ではありません。法律上の支援と、現場の生活支援をつなぐことが必要です。
成人の子について、親やきょうだいというだけで当然にすべての契約を代理できるわけでもありません。本人の同意と適切な代理権、必要な制度を確認し、家族の慣習的な代筆で済ませないようにします。
「きょうだいに全部渡して面倒を見てもらう」を掘り下げる
親が兄に財産を渡し、「弟のために使ってほしい」と頼む設計を考えることがあります。しかし、兄自身の財産になるなら、弟のための資金とどのように区別し、弟にどんな権利があるのかが問題です。兄の死亡、病気、債務等で、想定が崩れる可能性もあります。
負担付遺贈や信託などを検討する場合も、名前だけで解決すると考えず、誰が受け取り、何をする義務があり、誰が確認し、対応できなくなったらどうするかを整理します。引受ける人の意思と負担の見通しも必要です。
信託等を使う方法も、本人のすべての生活上の契約や福祉支援を代わりに行う仕組みとは限りません。対象財産、目的、管理者、費用、期間、代わりの管理者を確認し、本人の権利と法律・税務の条件を専門家と検討します。
ほかの相続人への配分や遺留分も含め、親の希望だけでなく、制度として実行でき、支援者が続けられる内容を目指します。
親が元気なうちに、引継ぎを小さく試す
準備は、遺言と支援メモの二つに分けると整理しやすくなります。遺言には財産の取得者や遺言執行者等を、支援メモには本人の暮らしに必要な情報をまとめます。メモに書いた希望が、当然に法的な代理権や義務を生むわけではありません。
- 本人の望む住まい、生活のリズム、好きなこと、苦手なこと。
- 利用中のサービスと相談支援の担当者、医療機関、連絡先。
- 収入・支出、引落口座、支払時期、書類の保管場所。
- 親が現在行っている支援と、代わりに担う人・機関。
- 緊急時の連絡順と、主な支援者が対応できない場合の備え。
いきなりすべてを引き継ぐのではなく、親が見守れるうちに別の支援者との通院や、日々の支払いの確認などを試せるか相談します。本人の負担を見ながら、連絡が届くか、役割の抜けがないかを点検します。
福祉サービス、費用負担、各制度の利用条件は、本人の状況と自治体等で確認します。財産が増えることによる影響も制度ごとに異なるため、一律の説明で済ませないことが大切です。
よくある疑問
障害のある子に多く残す遺言は作れますか?
希望する配分を遺言で検討できます。ただし、ほかの相続人の遺留分等や、財産の使いやすさ、本人の支援体制を合わせて確認します。配分の数字だけで準備を終えないようにします。
支援メモに口座の暗証番号を書けば、引継ぎは安心ですか?
暗証番号の共有と、法的に手続を行える権限は別です。秘密情報の保管方法を含めて確認し、口座を扱う人の権限と銀行の条件を適切に整理してください。
財産の行先と、本人の暮らしの続きを一緒に考える
今日できる一歩は、親が毎日担っていることを一週間分、書き出すことです。その一覧に本人の希望、費用、支援者を重ねると、遺言で決めることと、別に備えることが見えてきます。「親亡き後」を遠い将来の一度きりの手続ではなく、今から支援をつなげる準備として進めましょう。
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根拠・確認先
本文の人物・金額を用いた例は、理解のための架空の例です。個別の判断は、遺言、家族関係、財産、契約内容等を確認して行います。
遺言の内容と準備を相談したい方へ
当事務所では、遺言・相続の準備と、障害福祉に関する暮らしの課題を合わせて整理するご相談をお受けします。本人の希望と、現在ご家族が担っている支援のメモをお持ちください。福祉の担当者や、必要に応じて弁護士・司法書士・税理士等への確認につなぎます。
はまなす行政書士事務所 行政書士 角屋敦士
